2018-10-28

【出産立ち会いの記録】第2話「入院、そして立ち会いがスタート」

出産立ち会い「旦那さん、奥さんが今から入院になるので入院手続きだけお願いできますか?」
タイミング良く事前予約していた助産師健診の枠で陣痛真っ只中の奥さんが診察を受けている間、外のソファで待機していると看護師さんに声をかけられた。

「産まれるんですか?」

「赤ちゃんが頑張ってくれたら今日中に産まれるんじゃないかしら?」

日々出産の現場で従事する看護師さんの応対はこちらの騒つく心情とは裏腹に当然のごとく非常に冷静で落ち着いていた。予定より8日早くその時が来たかと思うと同時に、そうか産まれるには赤ちゃん自身も頑張らないといけないんだなと看護師さんの言葉にハッと気付かされる。

診察室から看護師さんに肩を担がれ、既に憔悴しきった奥さんが出てきた。とんでもなく鈍い痛みに耐えるその姿を混沌と包むオーラの禍々しい波形をビシビシと肌に感じ取る。プロハンターなら思わず距離を取り戦闘態勢で身構えてしまうほどのオーラだった。これはサポートしないと大変な事になるぞと人生で一度たりとも働いた事の無かった己の動物的勘が初めて機能した。

陣痛は未だ短い間隔で訪れているようだが「早ければ今日中」という言葉に、この後すぐに突然ニュルッと産まれる事は無いんだなというニュアンスをなんとなく汲み取り、奥さんが病室(陣痛室)に運ばれる間に入院手続きと車に積んだ入院セットを取りに戻る。

ところで世の男性諸君は「いざお産」に対する具体的なイメージや知識を持ち合わせているのだろうか。産前教室でも教えてくれなかった「どうやって産むのか問題」
僕はこの時『産まれるっ!!』って時にはもう赤ちゃんの頭がニュルッと飛び出してズルっとスルッとコンニチハ!と止めどなく飛び出してくるものだとばかり思っていた。実際はそんなにスムーズに赤ちゃんは産まれてこない。その辺りは最終話で書くとして。

僕が受けた性教育は「男女の体のメカニズム」と「安全な性交渉」まで。その先のことは『イメージでしかなかった』事に気付かされた。

カーシェアで時間いっぱい借りた車は午後には次の予約が入っているため一度帰宅し、返却する必要があった。「行くなら今です!」と看護師さんの助言を受け、苦しむ奥さんをプロフェッショナルの腕に託し、一時帰宅の途へと車に飛び乗る。

大騒ぎしながら2人して家を飛び出した後、自宅に残されていたミゼ君は「何事やら?」と1人帰って来た主人を迎える。奥さんがしばらく入院になる事と、次に帰ってくる時には小さな命も連れて来るんだよという事を告げ、ご飯と水を補充。タクシーに飛び乗り再び病院へトンボ帰りする。

主人を見送りながらミゼはいそいそと再び昼寝の準備に取り掛かっていた。

運転席から「この週末もまた台風が来るらしいですわ。商売上がったりで」と年配の運転手が話しかける。先月は大型台風のおかげで、自宅前の家の瓦が吹き飛び無残な爪痕が未だに残っている。確かにこの週末の台風直撃と同時にお産を迎えていたらと思うと今日という日がどれほどタイミングの良い事か。双方の家族に現状報告をLINEで入れ終え、車窓から街を臨む。人生の中で起きる限られた大騒動の最中、街中は当然ながらいつもと変わらぬ平穏な時間を刻んでいた。

病院を離れて約1時間。病室に案内してくれる看護師さんが、朝イチでバッチリ化粧をして来た奥さんの元気の良さを笑ってくれた。奥さんの完璧な時短メイクと、落とすタイミングを逃したマニキュアは研修中の看護学生さんが落としてくれたという。すみませんと謝りながらも病室に入ると、アクティブチェアにグッタリとうなだれた奥さんが引き続き陣痛と向き合っていた。

出産に際しての準備は「心構え」以外ほとんど何も無いように思える。

いつ訪れるか分からぬ「その時」を目の前に、奥さんがお産に集中出来るよう自分で1つだけ取り決めを作っていた。それは「頑張れ」と「大丈夫?」を言わない事。普段はくだらない冗談ばかりで締まりの無い空気を作ってしまいがちな自分だけに、この時ばかりは長年連れ添ったパートナーとしてしっかりとサポートしたいと思っていた。極力ノイズになるような声がけはしないようにしようと決めていたが、繰り返す陣痛に苦しむ奥さんの姿にそれ以外の言葉が見つからず、ついつい口を突いて「頑張れ」が飛び出しそうになる。

若干の動揺を隠せないまま奥さんの側に位置取ると、主任の看護師さんより3つのミッションを託された。
・定期的に水分を摂らせる事
・少しでも食事を摂らせる事
・しっかりと付き添う事

1つ目は脱水症状の危険を回避するため。
2つ目はこれから出産に際してのエネルギーを蓄えるため。
3つ目は心を支えるために。
感じたことの無いプレッシャーをギュッと心に押し込めながら奥さんの背中や腰を摩り始めた。凄い汗と体温だ。

看護師さんが胎児の心音を取るための準備に取り掛かり始める。ドップラーと呼ばれる心音計で、機械が描く波形で胎児の心音の状態と陣痛の波を診る事が出来る。
ドッドッドッド!というモノラルサウンドが病室に響き、ここでボクは初めて赤ちゃんの心音を直接耳にする事になった。これまで大きく張ったお腹の表面がグニュグニュと動くのを見て命の躍動に感動していたけれど、こうして心音を耳にする事で改めてこの子との距離が縮まってきている期待感が込み上げた。

赤ちゃん頑張ってんだ。
奥さんも頑張ってる。
家族で頑張ろ。
しっかり迎えてあげよう。
一緒に迎えてあげよう。

それまで奥さんを支えようと意識していた目の前の気持ちが明確に「家族を支えよう」という感覚にシフトした瞬間だった。この時、陣痛が始まり8時間が経過。時刻は12時を少し過ぎたところ。

人生で1番長い1日はまだまだ始まったばかりだった。

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