2018-10-31

【出産立ち会いの記録】最終話「こんにちは赤ちゃん」

出産立ち会い出産する産院によって様々な立会い方法やルールがあると思う。

立会いを経験した人は「立ち合い」に対して自分があまりにもステレオタイプなイメージを抱いていた事を知ったのでは無いかと思う。
自分が抱いていた「立会いイメージ」は恐らくドラマなどの影響で大半の男性諸君が抱いているそれと大差が無いように思う。

・分娩室には産院専用のスリッパとエプロンを着用する(ブルーのやつ)
・テニスボールでグッと押す
・ヒッヒッフー!の呼吸法
・赤ちゃんが産まれてくる瞬間を目撃する
・助産師さんが付きっ切り
だいたいこれらが世間のイメージだと思う。ボクが体験した実際の立会いはこのイメージとは大きく異なるものであった。

まず服装に関しては産院指定のスリッパとエプロンの着用は無く、着の身着のままで立ち会う事になった。突然の事態にダメージジーンズを履いて来てしまっていた自分をこの時点でまず大きく恥じた。正直「しまった」と思った。あれ(エプロンとか)無いんやと思った。大胆に両太ももにダメージが施されたジーンズで神聖な分娩室に踏み入る心苦しさたるや。そんな事は奥さんも助産師さんももちろん気には留めておらず、目の前の生命を迎え入れる準備に集中しているのではあるがもっと清潔な格好をすれば良かったとイメージ頼りにしていた己を悔やんだ。

というわけで、まず「服装は考えろ」

第2章にも少し書いたが、決して赤ちゃんは「産まれる!」というその瞬間にズルッとスルッとコンニチハ!と飛び出して産まれてくるわけではない。あれはドラマや映画の世界だけのお話で、実際は陣痛の波に合わせてグッといきむ事で少しずつ少しずつ赤ちゃんの頭が出て来たり、時折引き下がったりしながらじわじわと産道を通り抜け産まれてくる。

いきんでいる時は呼吸をグッと引き止めるので、陣痛の波が引いたタイミングでいきむのを一旦やめ、呼吸を整える。これを産まれるまで繰り返すため、妊婦は自分が一番リラックスできる呼吸法で深く吸って、吐いてを繰り返す事を勧められる。

なのでラマーズ法が合わない場合は無理に選択する必要はないという事で、僕は懸命に奥さんの呼吸に合わせて側に立った。

分娩台は少し頭が持ち上がった状態に腰あたりまでにかけて僅かに傾斜し、両手の先にいきむ時にグッと握りしめられるようハンドルが設置されていた。両足が開いて持ち上がっているところ以外はミレニアムファルコン号の銃座のような作りだった。

奥さんの枕元の真横に立ち、助産師さんより指示された内容は奥さんがグッといきむ時に枕をしっかりと持ち上げ、奥さんの体制がやや前傾にしっかりといきむ力が入れられるようにサポートする事。ジムのトレーナーが腹筋運動をサポートしてくれるイメージがピッタリで、いきむ時に持ち上げる。いきみ終えたらゆっくりとベッドに戻す。これを繰り返しながら、呼吸を整える際に時折ストローをつけた水やお茶を口元に運び水分補給もサポートする。

事前にネットで残念夫の立会いレビューを読みまくっていたので、一挙一動が奥さんへのノイズになっていないか気が気ではなかったが自分に出来る限られたアクションに懸命に集中し、実行した。ヘタクソと怒鳴られても仕方がない。少しでも役に立ちたいと心から願いながらサポートに勤しんだ。

「上手!上手!上手よー!そう!そうそうそうそう!」

奥さんの枕元に立っているため、赤ちゃんの状態は見ることが出来なかったが、ベテラン助産師さんの明るい掛け声に「もうその時が目の前に迫っているんだ」という期待感がこみ上げる。ようやく分娩台に立てた安堵からか奥さんの表情は苦痛に耐えながらも晴れやかな色をさしていた。キラキラと光る大粒の汗がたくさん額に浮き出ている。時折タオルで拭き取ったりしながら母親の偉大さを実感させられていた。男は出産の痛みに耐えられないと言われるがその通りだと思った。ボクなら気を失うだろう。

この時期は産院の出産ラッシュのシーズンという事で、ボクたちの後にも分娩を控える妊婦さんがいたらしく、分娩室内の助産師さんも慌ただしい雰囲気だった。この分娩を終えた後は続いての妊婦さんの分娩も控えているため、いまの分娩を行いつつ、次の準備も進めなければいけない。日々の業務も夜勤の少ないチームでこなさなければならないと慌ただしく大変な様子だった。この仕事は本当に凄い。

奥さんにはいきみ方の指南とリズムの取り方、僕にはサポートの仕方の基本的なルーティンを指南した後、いきむ時以外はボクたち2人の力で産まれるという寸前のタイミングまで頑張ってくださいという暗黙の空気を察し、ラストスパートを駆け抜けることになる。不思議なもので分娩室に入った雰囲気のせいか、脳内アドレナリンが放出しそれまでの身体や脳の疲れが嘘のように感じられない。全ての感覚が「出産」にフォーカスしているような気分だった。

立会いを始めて約30分。23時26分。
ついにその時を迎えた。

「んんギャァーッ!!んんギャァァーッ!!」

奥さんの肩の力がスッと抜けたと同時に、その足元で可愛く甲高い鳴き声が響き渡った。

19時間以上に渡る苦しみを一気に消し去るかの如く、安堵と高揚感がボクの身体中にも駆け巡る。
母子ともに健康とはなんと壮大な幸せな事なのか。

妊娠6週目。お腹の中に赤ちゃんがいると知ったあの日から育みあったこの日までお互い口には出さないように気をつけたけれど途轍もない不安もあった。お腹に抱える奥さんには僕以上の不安も日々抱えていたと思う。そんな不安な気持ちが離れぬように互いに心境を日記に綴りあった日々。不安に押しつぶされるよりも笑いあえる時間を沢山作れれば、赤ちゃんにも伝わるんじゃ無いかと出来る限り後者の方法を選択しながら歩んで来たこの10ヶ月に及ぶ妊娠期間。

良かった!良かった!良かったーっ!と奥さんの肩を抱きながら叫んだ。

お腹の中で大暴れしていた子は、いま奥さんのお腹の上で鳴き声をあげている。

夫婦してその小さな身体を覗き込んだ。

やっと会えたね。
元気に生まれて来てくれてありがとう。

かくして我が家に無事誕生した新しい生命。
小さく宿った命を大きく育んだ平成最後の1年間。
忘れられない1年になったなぁ。

お留守番をしているミゼ君が彼に出逢うのはまだ少し先のお話。

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